大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 平成元年(ワ)206号 判決

原告

榎田利勝

ほか一名

被告

鬼頭毅

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金一四五五万一四〇七円及び右各金員に対する昭和六三年一〇月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立て

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金一九八〇万一四〇七円及び右各金員に対する昭和六三年一〇月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  右1につき仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

被告鬼頭毅(昭和四四年三月三〇日生、以下「被告鬼頭」という。)は、昭和六三年一〇月一一日午前五時三〇分ころ、被告竹内千佳子(以下「被告竹内」という。)から同被告所有の自家用普通軽貨物自動車(車両番号 静岡四〇て二一四〇、以下「加害車両」という。)を借り、前部座席中央部分に訴外山田雄司(以下「訴外山田」という。)、助手席側(左端部分)に訴外亡榎田宏(原告らの長男、昭和四五年六月一〇日生、以下「亡宏」という。)を同乗させ、静岡県清水市草薙五九七番地の八所在の日本平頂上付近を運転中、同所の駐車場内でいわゆるスピンターン(ブレーキターン)をして停車することを思い立ち、右にハンドルを切り、これに呼応して訴外山田が加害車両のサイドブレーキを引いた。その結果、加害車両は、前輪左側タイヤに圧力がかかり、同タイヤがパンクし、助手席側に横転をした。そのため、亡宏は、開いていた助手席側の窓から車外に放り出されて地面と加害車両に挟まれ、脳挫傷の傷害を負い、同月一三日、清水市立清水総合病院において死亡した。

2  被告らの責任原因

(一) 被告鬼頭は、自動車運転者として、運転車両のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、他人に危害を及ぼさないような方法で運転しなければならないという安全運転の義務があるにもかかわらず、これを無視し、訴外山田とはかり、スピンターンという危険な停車方法をとつた過失により、前記交通事故(以下「本件事故」という。)を発生させたものである。よつて、同被告は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を負う。

(二) 被告竹内は、加害車両の所有者であつて、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法三条本文により、右損害を賠償すべき責任を負う。

3  損害

(一) 亡宏の逸失利益 金四〇〇〇万二八一四円

亡宏は、本件事故当時、満一八歳の健康な男子で、定時制高等学校の三年生であり、昭和六三年三月からレストラン「デニーズ」にアルバイトとして勤務していたものであり、本件事故にあわなければ、右高等学校卒業後四八年間(一九歳から六七歳まで)就労することが可能であつたから、昭和六二年度賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の全年齢平均年収額金四四二万五八〇〇円を基礎とし、右金額から生活費として五割を控除し、四八年間に対応するライプニッツ係数一八・〇七七一を用いて年五分の割合による中間利息を控除して、亡宏の逸失利益の死亡時における現価を計算すると、次の計算式のとおり金四〇〇〇万二八一四円(円未満切捨て)となる。

金四四二万五八〇〇円×(一-〇・五)×一八・〇七七一≒金四〇〇〇万二八一四円

(二) 原告らの相続

原告らは、亡宏の両親であり、亡宏には他に相続人がないから、法定相続分各二分の一の割合で亡宏の右逸失利益を各金二〇〇〇万一四〇七円宛相続した。

(三) 葬儀費用 合計金一〇〇万円

原告らは、亡宏の葬儀費用として合計金二〇〇万円以上を支出したから、それぞれ金五〇万円を損害としてその賠償を請求する。

(四) 原告らの慰謝料 合計金二〇〇〇万円

原告らそれぞれにつき金一〇〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 合計金三六〇万円

原告らは、被告らが任意に適正額の損害賠償をしないため、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任せざるをえなかつた。本件訴訟の請求額、本件事案の内容等を考慮すると、被告らが負担すべき弁護士費用は、原告らそれぞれに対し金一八〇万円が相当である。

(六) 以上によれば、原告らの損害の合計額は、各金三二三〇万一四〇七円となる。

4  損害の填補

原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険より、金二五〇〇万円の損害の填補を受けることができるから、その二分の一である各金一二五〇万円をそれぞれの損害に充当する。

5  よつて、原告らは、被告に対し、各自、第3項の損害の合計額各金三二三〇万一四〇七円から第4項の各金一二五〇万円を控除した各金一九八〇万一四〇七円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六三年一〇月一一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、原告らが亡宏の両親であり、亡宏に他に相続人がないことは認めるが、その余は争う。

4  同4は認め、有利に援用する。

三  抗弁

本件事故は、亡宏が被告鬼頭運転の加害車両に同乗中に生じた事故であり、同乗の態様、目的、時刻及びその事故態様からして、亡宏に「危険の受認」があつたとみるべきであり、公平の見地から原告らの全損害額の三割を減ずるのが相当である。

四  抗弁に対する認否及び反論

争う。

本件事故前、加害車両の前部座席に被告鬼頭、訴外山田及び亡宏の三人が乗車していたのは、会話や夜景を楽しむことが目的であつたのであり、その状態で路上を走行するのが目的ではなかつた。また、本件事故の原因となつたスピンターン(以下「本件スピンターン」という。)は、普通自動車の運転免許を受けている被告鬼頭と訴外山田が思い立つたものであり、助手席に同乗していた年下の亡宏としては、職場の先輩である右両名の危険な運転に呼応し加担した事実はなく、これをやめさせる余地は全くなかつた。亡宏は、運転免許も受けていなかつたので自動車の運転に関する知識がなく、スピンターンがどのようなものであるかも知らなかつたものであり、本件スピンターンについては従属的な立場にあつた。

右事情からすると、被告らの主張するように亡宏に「危険の受認」があつたものとみることはできず、本件において原告らの損害額を減ずべき理由はない。

第三証拠関係

記録中の証拠に関する目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)及び同2(被告らの責任原因)の各事実は、いずれも当事者間に争いがないから、被告鬼頭が民法七〇九条により、被告竹内が自動車損害賠償保障法三条本文により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を負うことは明らかである。

二  そこで、本件事故によつて生じた損害について判断する。

1  亡宏の逸失利益

原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の一二、原告榎田利勝本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡宏は、本件事故当時、満一八歳の健康な男子で、定時制高等学校の三年生であり、昭和六三年三月からレストラン「デニーズ」にアルバイトとして勤務していたことが認められる。右事実によると、亡宏は、本件事故にあわなければ、右高等学校卒業後四八年間(一九歳から六七歳まで)就労することが可能であり、その間少なくとも原告ら主張の年収額金四四二万五八〇〇円の収入を得ることができたものと推認するのが相当であり、右金額を基礎とし、右金額から生活費として五割を控除し、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、亡宏の逸失利益の死亡時における現価を計算すると、原告ら主張のとおり金四〇〇〇万二八一四円(円未満切捨て)となる。

2  原告らの相続

原告らが亡宏の両親であり、亡宏に他に相続人がないことは、当事者間に争いがないから、原告らは、法定相続分各二分の一の割合で亡宏の右逸失利益を各金二〇〇〇万一四〇七円宛相続したものと認められる。

3  葬儀費用

原告榎田利勝本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らが亡宏の葬儀費用として合計金一〇〇万円以上を支出した事実が認められるから、原告らそれぞれにつき金五〇万円を本件事故による損害と認める。

4  慰謝料

原告榎田利勝本人尋問の結果によると、原告らは長男である亡宏を失い、多大の精神的苦痛を被つたことが推認されること、その他本件にあらわれた諸般の事情にかんがみると、原告らの慰謝料としては各金七五〇万円をもつて相当と認める。

5  被告らの抗弁について検討する。

当事者間に争いのない前記請求原因1の事実に、前記乙第一号証の一二、いずれも原本の存在及び成立に争いのない同号証の六、七、一〇、一一、一三ないし一八、証人山田雄司の証言及び被告鬼頭毅本人尋問の結果をあわせれば、亡宏は、本件事故当日未明、アルバイト先(レストラン「デニーズ」)の仕事が終わつた後、アルバイト仲間の被告鬼頭(昭和四四年三月三〇日生、大学生)、訴外山田(昭和四五年三月一三日生、専門学校学生)、被告竹内らと総勢九名で四台の自動車に分乗し、ドライブや夜景等を楽しむために日本平に遊びに行つたものであること、一行が日本平頂上付近に着いて暫くした後、同所の駐車場内で被告鬼頭が被告竹内から加害車両を借りて運転することになつたこと、その際、被告鬼頭が加害車両の運転席に、訴外山田が助手席にそれぞれ乗り込んだ後、更に助手席側のドアから亡宏が乗り込み、前部座席に三人が着席するという危険な状況のもとで加害車両を走行させることとなつたこと、こうして、被告鬼頭は、近くの別の駐車場まで走行して再びもとの前記駐車場に戻つてきた時、同駐車場内でスピンターンをして停車することを思い立ち、他の二人に「目立つてとまつてやろう。」と声をかけたこと、これに対して亡宏は本件スピンターンの実行を制止ないし阻止するような言動をとらなかつたこと、本件スピンターンの実行に当たつては、被告鬼頭が右ハンドルを切り、訴外山田がサイドブレーキを引く役割を担当し、亡宏は格別の行動に出ていないこと、亡宏は、本件事故前、一緒に日本平に遊びに行つた仲間のうち、被告鬼頭以外の者が他の車両でスピンターンを行うのを目撃していたこと、なお、亡宏は自動二輪車の運転免許を受けていたが、普通自動車のそれは受けておらず、被告鬼頭及び訴外山田はいずれも普通自動車の運転免許を受けていたこと、以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定した事実関係によれば、亡宏は、本件スピンターンの実行に当たり積極的な加担はしなかつたということができる。しかし、亡宏としては、普通自動車の運転免許を受けていなかつたとはいえ、本件事故前の状況からしてスピンターンなるものを知らなかつたとは考えられず、被告鬼頭が「目立つてとまつてやろう。」と言うのを聞けば、それがどのような行為を意味するかを理解し、スピンターンという危険な行為に出ることを予め知り得たものと推認される。そして、亡宏は、本件スピンターンの実行に当たつた被告鬼頭及び訴外山田の両名よりも年下ではあつたものの、右両名の行為を制止ないし阻止することを期待する余地のないほど全く従属的な立場にあつたとは本件全証拠によつても認められず、亡宏としては、前記認定のような態様で加害車両に同乗し、本件スピンターンの実行を何ら制止ないし阻止しようとしなかつたのであるから、その限りにおいて危険の発生を容認したものといわざるをえない。

以上によれば、本件においては、公平の見地から、原告らの慰謝料についてその各三割を減額するのが相当であると判断する。したがつて、原告らの慰謝料は各金五二五万円となる。

6  損害の填補

原告らがその主張のとおり金二五〇〇万円の損害の填補を受けることができることは、当事者間に争いがないから、その二分の一である各金一二五〇万円を控除すると、原告らの各損害の残額は各金一三二五万一四〇七円となる。

7  弁護士費用

本件事案の内容、本件訴訟の経過、認容損害額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として、原告らが被告らに請求することのできる弁護士費用は、各金一三〇万円が相当である。

8  以上の損害の総合計は、原告らそれぞれにつき各金一四五五万一四〇七円である。

三  そうすると、原告らの本訴各請求は、被告らに対し、各自、各金一四五五万一四〇七円及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六三年一〇月一一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立てはこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 河本誠之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例